我と我が身と彼のものと。

常在辞世。渋枯れ好みの“詫びオタク”…なんとなく更新中。

伝怪 03 

伝怪

 ホームルームが終わると、生徒たちは好き勝手に各々の場所へと散ってゆく。「カッタりぃ、カッタりぃ」を連呼しながら部活へ向かうもの。「どこそこに気になる店を見つけたから」と寄り道のグループを集っているもの。
 聡美はそそくさと鞄を抱え、喧騒から逃げるように教室をあとにする。
 もうすっかり馴染んでしまった、これも日常の光景だ。
 無秩序に廊下を行きかうジャージや制服にまぎれ、階段を下って昇降口へ。そのまま校門を出て急な坂道を下りきれば、校舎のある高台から迷路のような住宅街に入る。あとは見通しのわるい路地の角をひとつふたつ折れれば、もう聡美が住む二十数棟建てのマンモス団地までは目と鼻の先だ。
 急がなければ、きっと父は今日も早く帰ってくる。
 そして聡美のために、夕飯の支度をするだろう。それを必ずふたりで囲むのが、母が家を出てからの父と聡美の約束になっていた。だから聡美も、それまでには戻らなくてはならない。でないと、また家族が壊れてしまう。
(だけど……)
 この日の聡美の足は、県道をまたぐ歩道橋を渡るのを躊躇っていた。
 学校で妙なことを思い出したせいだろうか? 暮れかけた冬の陽に鈍く紅く染まる、見慣れた白壁の群れを対岸に眺めていると、脳内にすぎた日の出来事がつらつらと蘇ってくる。家族も友達も揃っていた、そう思い込んでいた、あの日々のことが。
 ――公団を軸にした団地の町。
 聡美がこの町に越してきたのは、小学校二年の春休み。例の怪人の噂を聞くはめになった、三年進級をひかえた時期のことだった。
 ちょうど東京との県境にあたるこの地域は、都心にもほど近く。そのわりに低い賃貸相場のため、ベットタウンとして人気が高い。郊外まで足を伸ばせば、まだまだ余剰に土地も残っているらしく、大学の新設学部や企業施設の誘致も多かった。その相乗効果もあってか人口も右肩上がりに増えていて、近年改めて注目を集めているという。
 それが聡美の両親の目を引いたのだ。
 父の仕事の都合、というのが引っ越しの主な理由ではあったが、それまで暮らしていた六畳と四畳半の都内のアパートでは、聡美の成長にともなって手狭になってきたからというのもある。もちろん父と母と聡美、三人揃っての移住だった。
「ごらん、聡美」
 道中の車内。父に言われて見上げた場景は、今でも鮮明に思い出せる。
 県道に覆い被さるように迫ってくる、統一デザインの棟の波。駅前を起点とするドミノのように規則正しい配列は、そのまま一区画ほどつづき、さらに棟のデザインだけを変えて、同様の景色が何ブロックも窓の外を流れゆく。
「わぁ――」
 ある種圧倒的なその景観に、聡美は思わず声を漏らしたものだった。
 都会育ちの聡美にしてみれば、もっと高層のビルも近代建築も慣れっこだったが、いかにも〝町ごと設計した〟というこの町の風情はオモチャやゲームの世界が現実に出現したようでもあり、幼い目には新鮮な印象で映ったから。
「ここはね、団地から生まれた町なんだ」
「団地から、町が?」
 運転席から得意げに解説する父に、オウム返しすると、
「今日から住むお家も、その内のひとつなの」
 そう助手席の母が便乗する。
「きっと、お友達もたくさんできちゃうわよ? 楽しみねぇ」
 どこか惚けた笑顔を浮かべる母に、聡美も無邪気にはしゃいでみせた。少し型の遅れたファミリーワゴンの車内は、その時たしかに幸福があふれていたと思う。実際、これからこの〝オモチャの町〟で送る新生活に聡美も胸をときめかせていたし、父と母もそれを少しも疑っていなかったろう。
 そんな期待を裏づけるように、母の予言もすぐに的中する。
 カヨちゃんに出会ったのは、引っ越しの翌日だった。荷解きを始めた両親の邪魔をしないよう、聡美が敷地内の公園で遊んでいた時のことだ。
「……あなた、新しく越してきたお家の子?」
「うん……えっと、そこの棟の三階に」
「そっかそっか、どうりで見かけない子だな――って、思ったんだよね」
 かがみ込んでシロツメクサを摘んでいた聡美は、いきなり現れた女の子を茫然と見上げた。そんな聡美の様子もお構いなく、女の子はポンポンと質問を投げつけてきた。それがカヨちゃんとの最初の会話だった。
 矢つぎ早に突きつけられる質問に、聡美はしどろもどろに答えた。
 父は大学講師で、春からかけもつ職場が増えたこと。前のアパートは、東京の下町にあったこと。専業主婦の母は優しいが天然ぎみで、驚くほど世間知らずなこと。そのひとつひとつを、カヨちゃんは興味深げに聞いていた。人懐っこそうな目を見開き、うんうんと都度に大きく頷きながら。
 その日から自然と、聡美はカヨちゃんと行動を共にするようになった。
 聡美の家は、八号棟の三〇二。カヨちゃんの家は上の階の四〇一。おなじ団地に住むおない年の子供な以上、当然、聡美もカヨちゃんとおなじ小学校に転入した。さらに偶然はつづいて、運よくクラスもおなじになった。
 カヨちゃんは好奇心旺盛な物怖じしない子で、どちらかというと引っ込み思案だった当時の聡美とも不思議とウマが合った。ふたりがお互いを親友と呼ぶようになるまで、たいして時間もかからなかった。
 それからの四年間は、本当にめまぐるしくて充実した毎日だった。
 運動会には、母がお弁当を作って応援にきてくれた。授業参観は、仕事の都合をつけた父が照れくさそうに見学してくれた。
 週末には、住民総出で団地の清掃をすることもあった。
 聡美もカヨちゃんと一緒に、せっせとゴミ拾いをしたものだ。そんな時、大人たちは決まって〝金持ち組〟の噂話をした。「えらそうにしてても、本物の金持ちは駅まわりの旧家だけさ」「新興住宅の連中は家を買った分、金はないよ」「実際は〝団地組〟の方が積み立てしてるから、お金を持ってるの」――。
 団地に住む団地組と、持ち家に住む金持ち組。地方特有のローカルルールで張り合ってはいたけれど、そんな雑多な空気も含めて聡美はこの町が気に入っていた。むしろ小さなコミュニティで結束する風潮に、奇妙な居心地のよさすら覚えていた。
 聡美が小五の時には、母もパートに出ることになった。カヨちゃんの父親がフロアマネージャーを任されていた、駅前スーパーの食鮮コーナーでだ。
 母はパートから戻ると、いつもウキウキと夕飯の支度をした。
 その後姿を眺めながら、聡美はキッチンのテーブルで宿題や予習をした。
 ほっとする匂いが鍋から漂ってくるころになると、計ったように父が帰ってくる。聡美はリビングに移動して、困り笑いの父に勉強の助っ人を頼む。そんな様子をにこにこ眺めながら、「もうご飯ですよ」と母が声をかける。そして三人揃って夕餉の食卓を囲み、一日の報告をするのが聡美たち家族の習慣だった。今日のように寒い冬の日のメニューは、父の好物のおでんが多かった。
 取り立てて恵まれていたわけではなかったけれど、まるでホームドラマに出てくるようなあたたかい家庭がそこにはあった。そんな時には、改めて思ったものだ。「わたしはこのオモチャの町が大好きだ――」、と。でも……

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伝怪 02 

伝怪

       ―― ・ ――

 八号棟前の公園に、トンカラトンが出た。
 その噂をはじめて聞いたのは、たしか六年前。聡美が小学三年生だったころだ。
 中学生になった今はもちろんのこと、当時の聡美にとってもそれは呆れ返るくらい幼稚なお話で、おなじ棟に住むカヨちゃんと苦笑いしたのを覚えている。なぜなら、トンカラトンは包帯で全身をグルグル巻きにした怪人で、
「いきなり自転車できて、〝トンカラトンって言え〟って脅すんだ」
「言わないと、持ってる日本刀で斬られちゃうんだって……」
 という、子供だましにもならない都市伝説だったから。
 おまけに、聞かれる前に勝手に〝トンカラトン〟と答えても、やっぱり敵とみなされて斬られてしまうらしい。だから決して手順を間違えてはいけない。左手に包帯を巻いておけば、仲間だと勘違いして見逃してもらえる。
 もうここまでくると、整合性もなにもない。単なるインネンだ。
「トン、トン、トンカラトン」
 ――トン、トン、トンカラトン……。
 奇妙な拍子でくり返す男子たちのその歌を、聡美はため息まじりに聞いていた。ガニマタで踊りながら歌うそれは、件の怪人が口ずさんでいるものだというが、だからなんだというのだろう? 今どき、都市伝説なんて流行らない。「アニメのTシャツを着た不審者がウロついている」とでも言われた方が、よっぽど怖いくらいだ。
 ただ、話のオチにつく一文だけは不思議と気になった。
 ……トンカラトンに斬られた人は、トンカラトンとなってさまよいつづける。
 死ぬことすら許されず、団地の片隅で増殖する異形のなにか――おぼろげにその姿を幻視した一瞬だけ、首筋をそら寒い感触が撫でつけていったものだった。
(でも、なんで今さら)
 こんな昔のことを思い出すのだろう。取るに足らない、子供時代のわるふざけを。
 考えれば考えるほど、泥を詰めたように頭がノロノロまわり、堪らず聡美は硬くまぶたを閉じた。どこかへ引き込まれるような不快な感覚。重く深く沈み込む思考を必死に堪えていると、甲高い女教師の声で現実世界に引きずり戻される。
「市ノ瀬さん……市ノ瀬聡美さん?」
「……あ、はい」
 慌てて顔を上げると、教壇から担任の藤崎先生がじっとこちらを見つめていた。
「もしかして、身体の具合でもわるいの?」
「……いえ、そんなことは」
「そう。だったら、いいんだけど」
 さらになにか言いかけて、先生はすぐに口を閉じる。
 もちろん聡美の言葉を真に受けたわけではないだろうが、たとえ教師といえども、いわくつきの生徒とは必要以上に関わりたくないのだ。一様に聡美を盗み見た生徒たちも、すでに興味をなくして手元のスマートフォンに目を落としているか、これ見よがしに眉をよせながら、ヒソヒソとなにかささやきあっている。
「えぇと、どこまで伝達したかしら――」
 そうして教室は、なにごともなかったような先生の声でざわめきを取り戻し、いつものホームルームの風景へと返っていった。身を縮めてその様子を確認した聡美は、小さく安堵の息を漏らし、鈍い痛みを増すこめかみに手をあてる。
(……そうだ、これでいい)
 どのみち、ここに聡美の居場所はない。形だけ与えられた廊下側・最後尾の席は、〝かわいそうな被害者〟を保護する安全地帯ではなく、〝子供に見せたくない汚れモノ〟を隔離するために用意された、60センチ×40センチの流刑地なのだから。
 とにかく目立たないように。
 それだけに集中して、ふたたび目を閉じる。穢れた血を受けついだ不浄の子。インバイから産まれたあさましい娘。大丈夫、大丈夫。こうして嵐がすぎるのを待っていれば、そんな陰口だっていつかは聞こえなくなってくる。
(きっと、あんなことさえなかったら)
 時折そう考えることもあるが、それだって〝今さら〟に違いない。
 聡美は息を殺し、じっとその時がくるのを待った。やがてじょじょに頭の芯が痺れてゆき、きつく結んだまぶたの裏側にまた現世が遠のいてゆく。たんたんと職務をこなす事務的な先生の声も。うわべの共感に余念のない級友の会話も。聡美を置き去りにした母の背中も。日ごと壊れてゆく父の無残な姿も。
 全部全部、ねっとりと粘りつく暗闇の彼方へ。そしてその向こうの深淵から、
 血濡れた包帯に塗れた腕が、ゆっくりと聡美に手まねきをした。

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伝怪 01 

伝怪

 じゃあ話の前に、その現象に名前でもつけときましょうかねぇ、旦那。
 いえいえ。この手の噂話ってなぁどうも、酒の肴にするには、いちいち呼び方が長ったらしくていけませんや。そうでさぁね、都市伝説の怪人ってくらいですから、
 伝怪……なんてのはどうでしょう。
 ええ、口裂け女だ人面犬だって、アレですよアレ。
 なら妖怪でいいだろうって? ところが、そうもいきやせん。なんでも偉い先生方――民俗学ってんでしょうかね。ほら、あの民話だなんだを集めてる先生らに言わせると、三代以上語り継がれたモン以外は、妖怪って呼んじゃいけねぇんだそうですよ。三代前っても〝人間の〟じゃありゃあせん、〝時代の〟って意味だ。ようするに、旦那の爺さんのそのまた爺さんくらいの連中がみんな死んだんで……って話ですから、ざっと三百年だの四百年をかけなきゃ妖怪の勘定には入れてもらえない。
 都市伝説に怪人ってのが出まわり始めたのが、昭和十年代の赤マントたらいうヤツからってんですから、コイツらぁまだまだ……。
 はい? おでん屋のおやじのくせに、妙なことにくわしいって?
 あはは、たしかに。けどこんなトコで屋台なんぞ引いてますってぇと、いろんなお客さんがくるモンです。こないだも、どっかの博物館の学芸員って方がみえまして。タネをあかすとその受け売りなんでさぁ、へえ。
 ……とまぁ、そんなワケで、妖怪じゃなくって伝怪。
 おや、気に入っていただけましたかい? そりゃあよかった。んじゃ、こっから先はこの呼び方で通させていただきまさぁ。へへ、伝怪か……我ながら、なかなか乙な名前をつけたもんだ。ああ、そんな手前贔屓はいいから話のつづきを。
 そうでした、そうでした。
 まあ、さっき言ったみたいにね。伝怪ってなこりゃ、単なる噂話です。といっても、それで終わっちゃあ、文字通りお話にならねぇ。
 この話がおっかねぇのは、きっちり死人が出ちまってるところでしてね。旦那だって新聞くらい読んでるはずだ……うん? ニュースならスマホで? さいですかい、近ごらぁめっきり便利な世の中になっちまった。
 ってことなら、そのスマホってやつでも構いませんや。
 ええっと、ありゃ……二、三週間前だったかな。ほら、あすこに見えてる団地で、中学生の女の子がお父つぁんをヤッちまった事件があったでしょ。そうそう、カッターナイフとかって文房具で、首のここんトコをこう……サクッ! とね。
 アタシも人づてに聞いたんだが、そりゃあ現場は酷いモンだったらしいですよ。
 切り口から噴き出した血が、ぶわぁっとキッチン一面に――ええ、お父つぁんの方は夕飯の支度中だったみたいでして。父子家庭、ってんですか。親ひとり子ひとりの事情なんで、そう決まってたらしいですが、なんとこの日の献立がおでんだった。そこに、そん時の血がまともに入っちまったてぇから堪らない。
 もう鍋ン中は、豚の血を煮込んだシチューみたいにどす黒い有様で。
 部屋の外まで漏れてきた、鼻のヒン曲がりそうな生臭さに、駆けつけた警官も吐き気を堪えんのがやっとだったそうです。
 で、当の女の子は緊急確保って寸法ですが、この状況がまた尋常じゃなかった。
 ……咥えてたってんですよ、ちくわを。
 それもお父つぁんの血で真っ黒に煮込まれて、ぶくぶくに膨れ上がったヤツをまるまる一本。ちょうどほら、今の旦那みたいにしてねぇ。
 おっと、こりゃスンマセン。食欲がなくなっちまいましたかい?
 まま、そんな顔せずに。ね? 今日みたいに冷え込む夜にゃあ、やっぱりコイツが一番でさ……そんで、なんだったかな?
 ――あぁ、そうだそうだ。女の子、女の子。
 でもって、そんな具合ですから、警官もおそるおそる声をかけた。血だまりン中でぼーっとお父つぁんの死骸を見下ろしてる女の子に、堪りかねて胃の中身を盛大にブチまけたあとにねぇ。そしたら、こう答えたそうですよ。
 自分が殺した。〝トンカラトン〟になったから、ってね。
 言ってることがさっぱりわからねぇ?
 でしょうなぁ、でもここがこの話のキモでして。トンカラトンってのは、伝怪の名前です。知る人ぞっていやぁ聞こえはいいが、ちっとばかしマイナーな、ね。きっと行き会って斬られちまったんですなぁ……女の子は、その薄っ気味わるい現象に。

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伝怪 あらすじ 

伝怪

 都市伝説の怪人、ってくらいですから、伝怪なんてなぁどうでしょう?
 そう言って、おでん屋台のおやじは客に語り始める。内容は、目と鼻の先の団地で起こった殺人事件。心神喪失状態の少女が、カッターナイフで父親の首を切り裂いたという。そしてそこには、その伝怪が関わっているというのだが……

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NEW GEME! #01 

アニメ・漫画・小説

ほー…わりと生っぽい。

いきなりエアガンとか、馬鹿っぽいとか思うだろ?
メールでしか話せない、カタワな人間がいるわけないと思うだろ?

ところがどっこい…いるんだなこれが。

ゲーム作ってるとこって、班によっては現物資料が必須だから
ほんとにエアガンとかライトサーベルとか、
哲学書だの聖書だのがキモイくらい揃ってんだよな。
漫画みたいだけど、マジで机の下からパンイチで這い出してくるし。

不躾の唐突にメールで呼び出されて打ち合わせ行くたび、
いっつもビビらされてる。

唯一違ってるのは、「性別」だけ。

これが虹の萌えネーチャンみたいな妄想シチュじゃなく、
「全部ガリかデブの幼稚なキモヲタおっさん」だと認識すれば無問題。
それが現実世界のゲーム業界の実態でふ。

ちゃんとトンパチなメールマナーには説教してるし、
新人だからまず大目に見よう…みたいな業界の社交辞令は描いてるし、
やることはやってると思う。

ただエンタメだから、説教してるとことか
本人いないとこでブッチャけてる本音の愚痴とかハブいてるだけ。

あとは「普段はうわべのホンワカ業務環境」が、
リリース直前の修羅場で「罵倒し合いのメール合戦環境」になれば完璧…
まあ、エンタメにそこまで高望みはしちゃいないがwww

つーことで、ひさびさのインチョーでしたッ!!!

 2016/7/7 21:31 管理人

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