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我と我が身と彼のものと。

常在辞世。渋枯れ好みの“詫びオタク”…なんとなく更新中。
我と我が身と彼のものと。 TOP  >  2017年08月

伝怪 15

       ―― ・ ――

 ……とまぁ、これが事件の一部始終でして。
 ことが済んだあと、女の子がちくわを咥えてたってぇのは――アレの隠喩なんでしょうなぁ。アレですよ、アレ。お父つぁんの、ア、レ。……業が深いというか、情が深いというか、人間てなわからんモンです。可愛さ余ってなんてこたぁ、昔からいいますが。どうも憎さが余っても、愛着ってのは湧いてくるらしい。
 ええ、ええ、そりゃあねぇ。
 いかんせん。自分のはじめてを散らした、お父つぁんのアレですから。
 あはは、なにもそんな。そこで旦那が股間を押さえるこたぁないでしょ。それとも、なにか思い出しましたかい? ヒヒ……ああ、はいはい。それで女の子が、それからどうかなったか。さて、そいつはアタシにもちょっと。
 まあ、おっ母さんだの友達だの、ひとりで何人も演じわけてたんだ。大方どっかの病院にでも搬送されて、分裂症だなんだと適当な病名でもつけられたんでしょうが……仮に退院できたとして、世間様に受け入れてもらえるかどうか。
 なにせ、人殺しですからね。人殺し。
 しかも、よりにもよって親殺しだ。今の世の中、こればっかりはどうやっても帳消しにゃできやせん。情状酌量の余地、ってんですかい? それがあったとしても、ちょっと社会復帰は難しいでしょうなぁ……なにしろ、もうどこにも魔物なんざいませんから。医学や科学の、これが限界ってやつです。あらそうですか、じゃあ新しいお薬を出しておきますね、ってなモンで……ハァハァよろこぶのは、ネット辺りのイカモノ連中ぐらいだ。アタシなんかにすりゃあ、そっちの方がよっぽど気色わるいですけどねぇ。
 ――とはいえ。
 そんな無責任な連中の頭ン中こそ、得体のしれないモンの温床だ。ひょっとすると、こっからまた〝新手の伝怪〟なんてのも、産まれるかもしれない。
 ほら、ネットは〝現代の闇〟だなんていうでしょう? 膨れ上がった自尊心。ひとりよがりな被害妄想。こじらせた絶対正義。人目にさえつかなきゃあ、人間は平気で薄汚ぇこころン中を好き放題にぶちまける。だからあの痰壺ン中は、いつでも人のうしろ暗い部分でいっぱいだ。伝怪なんてのはそっからわいて出て、たまにこんな風に、ひょっこりこっち側に顔を見せたりするモンです。へへへ。
 と、そんなわけで――おや。
 どうしました、旦那。顔が真っ青みたいですぜ?
 うん? アタシの格好……? 嫌ですねぇ。最初っから、このナリじゃないですか。一張羅の長襦袢に、トレードマークの長い杖……別に着替えてなんかいませんや。
 へぇへぇ、仰る通りで……それとも。
 グルグルの包帯巻きで現れた方が、旦那のお好みでしたかい?
 ははぁ、よかった。
 ようやく全部、思い出してもらえましたか。
 そうです。そうです。通り物でもトンカラトンでも、好きな方で呼んでください。どっちにしたって、たいして変わりゃあしないんだ。……おっと。
 なにも構える必要はありませんや。
 だって旦那は、もう娘さんに斬り殺されてるでしょう?
 そう、だからアタシは斬りにきたんじゃあなくって、お迎えに上がりました。トンカラトンに斬られたんだ。設定通り、旦那もトンカラトンにならないと。ええ、ええ、図書館でちょっとばかり話させていただきましたが、いい娘さんじゃないですかい。ありゃあ将来有望だ。なんてったって、仕事が早い。
 それに比べて、旦那は往生際がわるいですなぁ。
 まぁだこんなところで、ふらふらとさまよって……。
 さ、それじゃ行きましょうか……って、おやおや。こりゃ困りモンだ。頭ぁ掻き毟ってみたところで、今さら起こった事実は変わりませんぜ?
 いい大学出て、講師んなって、なんで自分が? そりゃまあ、そうなんでしょうが……言ったところでそいつは、ただの旦那の理屈でしょう。身の程知らずな自己評価と、厚顔無恥な選民思考……旦那のこころの闇も、たいがい深いですなぁ。
 こいつはきっと、いい伝怪になる。
 ってなわけですから、あんまり手間ぁ掛けさせないでください。そうそう。個人的な逆恨みを晴らそうが、無差別にこっち側に引きずり込んで他人を貶めようが……こっから先は、旦那の自由ですんで。もちろん、アタシも口出しなんざしません。なにせ伝怪は、現象ですから。いいもわるいも関係ありませんや。
 ……あぁ、さいですかい。それなら、おとなしく往生してくれると?
 ふぅ、これだからまったく……。
 どんなに時代が下ってみても、ほんとに変わらないモンですなぁ――いつんなってもおっかねぇのは、アタシら魔物より人間のこころン中の方だ。
                                                     〈了〉

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[ 2017年08月19日 11:15 ] カテゴリ:伝怪 | TB(-) | CM(-)

伝怪 14

 老人の言葉は、ゆっくりと聡美の隅々に広がっていった。
 こころだけではなく、体中全体に。耳から脳へ。脳から心臓へ。心臓から胸、肩、手足へと、赤黒い血液と一緒に沁み通ってゆく。
 そうか。そうなのか。よかったのだ、あれで。危うく聡美も、図鑑の女房とおなじように決めつけてしまうところだった。捕えにきたのではなく、救いに……だから母もカヨちゃんも、任せてしまえと言ったのだ。
 夢うつつのまま考えながら、ガラスに映った老人を見上げる。
 老人は、うんうんとにこやかに頷いている。
 静かに目を閉じ、これまでのことを思い返す。聡美を捨てて去った母も、聡美に呪いの視線を投げつけたカヨちゃんも、理不尽な風評で聡美を苦しめた連中も、聡美を記号扱いして穢した父も、そして――そんな扱いを、甘んじて受け入れた弱い自分も。すべてが馬鹿馬鹿しくなって、自然と笑みがこぼれた。ああ、本当に晴れやかな気分だ。こんなに爽快なのは、何年ぶりだろう。
 こころに立ち込めた霧が、一斉に退いてゆく。
 その向こうの暗闇から、包帯巻きの腕が手まねきをする。
 と、そこで――
「……あの、すみません」
 背後から急に、声がかかった。なにかに怯えたような、少し震えた女性の声。
 はい、と軽やかに答えると、聡美は目を開く。夜闇を背負った窓には、受付にいた女性職員が映っていた。いつもの愛想のいい笑顔ではなく、不気味なものを見るような青褪めた顔で、やや遠巻きにガラスの中の聡美を覗き込んでいる。
「ええっと、なにか……?」
「いえ、その……」
 聡美がにっこり微笑むと、女性職員は口籠った。
 閲覧席の方からは、ひそひそささやき合う声が聞こえてくる。
 そういえば、お爺さんは?
 さっきまでそこに立って、聡美と話をしていたのに。
 不思議に思った聡美が振り返ると、ひっ、と声を殺して女性職員は身を引いた。構わず辺りを見まわすが、やはり老人は見当たらない。職員に驚いて、いなくなってしまったのだろうか? うっかりして、名前を聞くのを忘れてしまった……つらつらそんなことを考えていると、表情を凍らせた女性職員から、たどたどしく警告の言葉が漏れた。やっと絞り出したような、引きつった声だった。
「他の方のご迷惑になるので……館内ではお静かに」
 それだけ言い残して、女性職員は逃げるように去ってゆく。
 聡美はきょとんとしたまま、瞬きをくり返す。
 しばらくじっくり考えて、ここが図書館だということを思い出した。いけない。話に夢中になって、とんでもないマナー違反をしてしまった。なるほど、それで老人は職員の姿を見て慌てて逃げてしまったのか。
 勝手に納得して、のろのろと閲覧席を見渡してみる。
 聡美と目が合いかけた利用者たちが、慌てて顔を背けた。
 まあ、やってしまったことは仕方ない。聡美はぺこりと閲覧席に頭を下げると、鞄を抱えて開架図書をあとにする。
「……まったく、ひとり言なんて」
 その背中には女子大生風の呟きも届いていたが、特に気にはならなかった。今さら他人の目なんてどうでもいい。誰がなにを言おうと、聡美の目的は果たされた。あの老人のお陰で、こんなに気分が軽くなったのだから。

 住宅街の停留所にバスが着くころには、辺りは真っ暗になっていた。
 どこか弾んだこころ持ちで、聡美は顔を上げてみる。
 寒々と澄み渡った空には、月も星もない。家々の明かりをつつみ込む、漆黒の夜。魔物が自由に跋扈していたころのような、黒々した真の闇……ポツポツと街灯が歩道を照らしていても、それはまやかしの灯だ。
 闇は人の外側だけでなく、内側にもある。
 聡美はもう、その闇に恐れを感じることはない。
 まだ浮遊感の残る足取りで、歩道橋の階段を踏みしめた。眼下に横たわる県道も、渋滞が捌けて闇に沈み込んでいる。時折行きかう車のヘッドライトだけが、かすかに文明の息吹を感じさせるだけだった。
 ――なんて、静かな夜なんだろう。
 県道とまじわるわき道をたどりながら、聡美はそう思った。
 遊び歩く子供を叱る声。やたらボリューム上げたテレビの音。いつもなら耳に障る団地の生活音も、なぜか今夜は聞こえない。
 まるですべてが、聡美のためにお膳立てしてくれているようだった。思わず気分が高揚して、頬が赤らむのがわかった。知らずに早足になって、家へとつづく私道を目指していた。荒くなった息が、白く凍って闇の中に散ってゆく。
 ああ、いい感じだ。
 これならきっと、行き会うことができる。
 そんな予感がして、無我夢中で歩いた。汗ばみ始めた肌に、ブラウスが纏わりつく。やたら体が火照ってきて、リボンタイを解いて投げ捨てた。もう、鞄だっていらない。こんなものは、あの植え込みの中に放り込んでしまえばいい。だって聡美は、今から聡美ではなくなるのだから。そうして全部が終わったら、次は自分のように苦しむ人に救いの手をのべる存在になれるのだ。
 聡美のために、母がそうしてくれたように。
 聡美のために、カヨちゃんがそうしてくれたように。
 やがて交差路が見えてくると、キィキィと錆びた金属音か響いてくる。
 背後から、奇妙な歌声が聞こえてくる。
 トン、トン、トンカラ……トン。
 ――トン、トン、トンカラトン……。
 胸をときめかせながら、左手の包帯を解いた。今度こそおまじないで、彼の邪魔をしないように。その間も、決して歩調は緩めたりしない。あと五メートル……三メートル……もうすぐだ。もうすぐまた彼に会える。すると突然、
「……トンカラトンと、言え」
 耳元で声がした。
 聡美は開放の歓喜に身を震わせる。
 ふり向いた視線の先には、ただ彼がいた。錆だらけの自転車にまたがって、じっとまっ赤な目で、聡美を見つめていた。
 血濡れた包帯で巻きしめた、痩せぎすの体。右手にふり上げた、白々と光る日本刀。全身がどこか歪んで見えるのは、聡美のつたない記憶のせいだろう。父の描きなぐったイラストのまま、聡美の望んだ姿のまま、彼は現象としてそこにいた。
 けれど、聡美は彼の要求には応えない。
 応えてしまえば、彼は去ってしまうルールだから。
「ありがとう……」
 小さくそう、呟いてみる。
 現象である彼は、たんたんと役目を遂行する。
 頭上で閃いた白刃が、まだ薄い聡美の胸めがけて振り下ろされた。
 聡美は無言で微笑むと、両手を広げてそれを受け止めた。
 そして聡美は、彼になった。
 彼になった聡美も、役目を果たさなければならない。
 私道から団地の敷地に入り、公園をすり抜けて八号棟へ。薄暗い階段を三回折れた先には、ペンキの剥げかけた鉄扉がある。
 音を立てないよう注意して、ドアノブをまわす。
 ダイニングからは、夕食の支度をする音が聞こえている。キッチンでは、鼻歌まじりの男が包丁をふるっていた。聡美だった彼はスカートの隠しポケットを探ると、かつてそうしたように男の背後に近づいてゆく。
 その手のひらの中で、カチカチとカッターの刃が音を立てた。

[ 2017年08月12日 10:04 ] カテゴリ:伝怪 | TB(-) | CM(-)

伝怪 13

「まあ、見た目は別として、話の造形がって意味でねぇ。通り掛けの魔にヤられると、あてられて人が変わってしまう。それこそ〝別のなにものか〟にでもなったみたいに……説教くさいところを抜かせば、本当にそっくりだ。
 と、そこで先般のお話です。
 ……おや。
 なんのことかって? いやですね。役割ですよ、伝怪の役割。救済のための、って、あれですあれ。そうそう、妖怪と伝怪のおなじ側面――ってやつですなぁ。よかった、忘れられてなくて。それじゃあ、ずいぶんと横道にそれてしまいましたが。このトンカラトンと通り物を例にして、ご説明しましょうか。
 まずは、通り物。
 お嬢さんもご承知のように、こっちの方は妖怪だ。妖怪である以上、なんらかの意味がある。この話だとさしずめ、不可解なことをした人間の〝行動原理の説明〟。といったところになりましょうか。今なら〝発達障害〟だの〝ストレス性ナントカ〟だの、いろいろと病名もつくんでしょうが、あいにく精神医学なんて便利なモンは、この時代にはまだなかった。あれが確立されたのは、十九世紀の終わりころですからねぇ。
 世の中には、こんなおっかないものがいるよ。
 だからつねに、気を静めて注意しなさい。
 お経なんてのはまぁ、たいがいの魑魅魍魎には効きますが……それでもちゃんと、おまじないまで用意してある。じつに懇切丁寧な対策と方針だ。そんな風に妖怪は、人間のために悪役を買って出てくれていた。〝人間が勝手に狂った〟のに、それがあたかも『自分たちのせい』だと言わんばかりにですよ。人間っていうのは、昔からそうして〝自分はわるくない〟と言い張るモンです。これはもう、立派な救済措置ですなぁ。
 ――ところで。
 お嬢さんは、どう思います? 見ていた女房と狂った細君。この話で救われたのは、いったいどっちなんでしょう。
 いえいえ、難しく考える必要はありません。直感で答えてもらって結構ですよ。……ああ、はい。それなら〝魔に刺される〟のを逃れた、女房の方ですって? 狂った細君の方は、あてられて罪を犯したから。なるほど、そりゃそうですな。教訓を旨とする妖怪譚ですから、それはまっとうなお答えだ。
 でもね、私はこんな風にも思うんですよ。
 難こそ逃れたものの、女房も通り物には行き会っている。
 ということは、本当は女房にも〝狂ってしまいたい理由〟ってのが、こころのどこかにあったんじゃないかってね。お嬢さんも知っての通り、煎じ詰めれば妖怪なんてのはただの概念だ。でなけりゃ、最初から姿が見えるいわれもありませんから。
 そうなるともしかして、救われたのは狂った細君の方なんじゃ――そんな気も、してきたりしませんか?
 あはは、ええ、ええ……当然これは、私の勝手な言い分です。
 どんなに文献をひっくり返したところで、そんな話はこれっぽっちも出てきません。だけどね、私はやっぱりそう思ってしまうんですよ。女房にも細君にも、おなじように狂ってしまいほどの鬱屈があった。ものの話ではこの女房、借家住まいをしている理由は『火事で焼き出されたから』なんて言われてますしねぇ。
 その上、亭主は女房をほったらかし。
 これじゃあ、ストレスだって堪り放題だ。
 人間のこころなんてのは、元来とっても脆いものです。
 とんだ不幸に見舞われたあげく、銭もなければ救いもない。そんな欝々した思いを抱えながら、なんの気力もなくぼぅっと庭を眺めて亭主を待つ。どんな目に合ったって、なんの保証もない時代だ。一寸先は闇みたいなものでしょう。帰りを待つうち、いっそのこと亭主を道連れに……なんて不穏なことも、女房の頭をよぎったかもしれない。
 で、そんな時ですよ。
 荒れ放題の庭先に、不気味な老爺が現れる。
 もちろんこれは、女房のこころの闇の投影です。現実にそこに立っていたかもしれないし、立っていなかったのかもしれない。さぞかし女房は、驚いたことでしょう。もともと品行方正で生真面目な女房は、はっとして我に返る。きっとあれはわるいものだと決めつけて、対策を練る。ここでいうのは、お経というおまじないですな。
 気を静めて、というよりは。
 そうすることで、自然と〝気が静まった〟んでしょう。
 目を開くと、老爺の姿は消えていた。当たり前です。これは女房の気の迷い……弱ったこころが見せた、幻覚なんですから。
 それでも老爺――通り物は、女房のこころのうつし鏡です。
 女房が望んだからこそ、そこに姿を現した。
 たしかに、気丈に振舞ったお陰で、女房は罪を犯さず済んだかもしれない。教科書に載せるようなお話なら、これでめでたしめでたしだ……とはいえ、このあと女房はどんな人生を歩んだんですかねぇ。
 亭主は真面目に働いて、暮らしは立ち直ったんでしょうか?
 女房の抱えた闇は、無事に晴らせたんでしょうか?
 ぼっとすると、素直に妖怪に身を任せて狂っていた方が――なんてのは、まあ、詭弁ですがね。でも、そういう〝裏の解釈〟も、妖怪にはあるんですよ。これだって、ちゃんとした救済だ。狂った細君にしても、細君にヤられた人にしても、それはもう『憑りついた魔物』のせい。それで言い訳も諦めもつく。偉い学者さんにすればとんでもない冒涜でしょうが、私なんかはそう思いますよ。
 妖怪は現象ですから。
 現象は、善悪を気にしません。
 被害者も加害者も、傍観者だって均等に救うんです。
 ところが時代が流れて、世の中は文明の灯りに照らされた。おっと、失礼。これは万物の説明が、科学や医学でされるようになった……という意味ですな。
 それで、妖怪はお役御免です。よく『妖怪は闇の住人』なんていわれますが、あの闇は概念上の〝闇〟ということでもあるんですな。とにかく、そんなわけで妖怪は世の中から駆逐されて、ただの偶像になった。神秘性も威厳もなくして、キャラクターに。……それでも人間のこころからは、決して闇は祓うことができない。そこで出番になるのが、神性も畏怖も取り除いた、新たな魔物……妖怪に取って代わった、伝怪。だいぶお待たせしましたが、今ここでお話しするなら。そう。
 怪人、トンカラトンです。
 ほほぉ、これはこれは。
 そんなに身を乗りだして聞いていただけるとなると、私としても話し甲斐があるってものだ。……うん? それはいいから、早く先を? ああ、すみません。ついつい、嬉しくなってしまいまして。といっても、先程ご説明したように、こいつは極端に情報量の少ない伝怪です――多分に、私個人の見解が混じるところはご容赦ください。
 ……では。
 まずはじめに注釈しておきますと、妖怪と違って伝怪というのは嘘っぱちだ。
 いやいや、そんなに怖い顔をしないでください。現象としてという意味ではなく、〝その寓話の前提条件として〟という意味合いでのことですよ。だって、そうでしょう? もう時代は科学全盛だ。どこにも〝得体のしれないもの〟が入る隙間なんてのは、本来ならあるはずありません。ですから、伝怪は『嘘だけどこういう話があるよ?』と、そうやって楽しむ娯楽です。くり返しになりますが、〝本来は〟ね。
 ただその分、非常に柔軟になった。
 妖怪なら〝裏の解釈〟としてしか仕込めなかった一面も、『デマである』ことを前提にすることで、受け手に直接選択させることができる。善だの悪だの、小難しい理屈を織り込む必要は、ハナっからなくなったんですな。
 トンカラトンは、夕暮れ時にただそこに現れる。
 斬られてしまえば、その人間はトンカラトンになってしまう。
 そこには理由も目的も、善悪だっていらない。
 伝怪だって、現象なんですから。
 でもひとつだけ言えるのは、やっぱりトンカラトンも〝その人が必要とした〟からやってくるんです。そして、その人に言い訳する機会を与えてくれる。『トンカラトンになったんだから、仕方がない』ってね……うしろ暗いこころの闇も、犯した罪も、全部全部、肩代わりしてくれるんですよ。
 たとえばそう、いつか女性に乱暴した芸能人なんてのがいましたが。
 取り調べで言ったそうじゃないですか、『襲う欲求は襲うことでしか満たされない』ってね。もちろん、そんな理屈は許されるはずもない。とてもじゃないが、まともな人間だったらこんな勝手なことは言えるものじゃない。
 けどね。
 だから救済はいりませんか?
 病院にいけば、そりゃあ適当な病名はつけてくれるでしょう。更生するためのプログラムも組んでくれるでしょうし、場合によっては薬だって処方してくれるかもしれない。それでも彼には、烙印は押されたままだ。罵られて生きるのは当然としても、医学や科学に任せておいてはどこにも逃げ道は作ってくれない。
 人間っていうのは、身勝手でこころが脆いものですからね。
 救済がなければ、またきっと壊れますよ。
 壊れてしまえば、何度でも被害者が生まれる。ならそこに、安全装置をつけてしまえばいい。『魔が刺したんだ』『だから自分はわるくない』っていう具合にね。
 ……ああ、いえ。別に乱暴を正当化してるわけじゃ。
 ただ救済のないところには、反省も贖罪もないんです。あるのは、限界まで追い詰められた〝開き直り〟だけでしょう。文明のお陰でうわべだけ綺麗になった世の中は、負い目のある人間を容赦なく糾弾しますから。
 ――自分たちは、当事者でもないクセにねぇ。
 ふむ、それならわかる気がすると……お嬢さんは、呑み込みが早いですなぁ。ますます将来が楽しみだ。とはいえね。そんな連中にしたって、いざ自分の身がとなればなにかに救いを求めようとするモンです。
 科学じゃ説明できない、得体のしれないなにか……。
 病院じゃ治してくれない、わけのわからないなにか……。
 ひょっとすると、そのせいかもしれません。
 神も仏も、妖怪すら廃れた世の中に……いまだに根強く、伝怪なんてものが生き残っているのは。まあなんですな。名前を変えようが形を変えようが、人間のこころの闇はいつの時代も変わらない。
 トンカラトンも、通り物も、だからきっと起源は一緒なんですよ。救われたい、助かりたい……いっそ、なにかのせいにして壊してしまいたい。
 とかくこの世は、生きづらいですから。
 そういう弱いこころを掬い取る、救済措置なんでしょう……はい」

[ 2017年08月05日 11:01 ] カテゴリ:伝怪 | TB(-) | CM(-)
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ドューハン

Author:ドューハン
まぁなんだ。能天気に生きてますw

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