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「小説」
伝怪

伝怪 05

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 鉄製の玄関ドアの前に立つと、やはり中には父の気配があった。ほんの少しだけ逡巡した聡美は、音を立てないよう注意してドアを開ける。さっきの幻聴も気にはなったが、今は父の状態を確かめるのが先決だ。
 上がり框の先にはダイニングの入口が見えていて、すでに忙しく夕食の支度をする音が聞こえていた。ゆっくりと靴を脱ぎ、鞄を胸に抱いて近づいてゆく。おそるおそるキッチンの様子を窺うと、ふり向いた父がにっこりと微笑んだ。
「ああ、おかえり〝聡美〟」
「た、ただいま……」
 ちゃんと自分の名前が呼ばれたことで、ほっとして息を落とす。
 ……よかった、今日の父は大丈夫だ。
 それが確認できただけで、ひとまず安心できた。そうなるとおかしなもので、あれだけしつこかった頭痛も、嘘のように鳴りをひそめていた。気分もいくらか軽くなり、包丁をふるう父の手元をそっと覗き込む。下処理された牛すじ。丸のままのちくわ。練り物もいろいろ。半月切りの大根はたぶん、ガス台に用意されている米のとぎ汁で下茹でするところだろう。予想通りの、幸せだったあのころの味。
「は、はは、今夜はおでんでいいかな?」
「うん、お父さんのおでん……大好きだから」
「そうか、そうだよな」
 バツがわるそうな父の笑顔には、曖昧な笑みを返しておく。
 なぜなら献立がおでんになるのは、〝今夜は〟でななく〝今夜も〟だったから。それでも不器用な手つきで母の味を再現しようとする父に、涙があふれかけた。気取られないよう踵を返すと、聡美は背中越しに小さく声をかける。
「……その、毎日ありがとう」
「いいから、早く着替えてきなさい」
 照れくさそうに手をふる父には、きっと今の言葉は届いていない。
 明日の夕方にはまたおでんを作り、聡美に困り笑いでこう尋ねるのだ。
 ――今夜は、おでんでいいかな?
 聡美はこの二年間、そんな毎日をすごしている。毎晩父の作ったおでんを食べ、まったくおなじ世間話をくり返す。もっともそれは、図書館で見つけた小説がとか、昔読んだ詩集がとか、あたり障りない話題に限られるのだが。
 父のこころは、ずっとあのころに留まっていた。だとしても〝こっちの父〟でさえあってくれるなら、聡美はそれで幸せだった。
 大学講師である父は、このためだけに自分の講義を午前に集中させてくれている。市の郊外にある総合大学の分舎も、都内にある文系大学の本校舎も、かけもちしているふたつの職場、そのどちらもをだ。
 もちろん理由は、ひとり娘である聡美の面倒をみるため。
 教員の娘である以上、それがどんな意味かは聡美だって知っている。教授や助教授への出世の道も、そのための研究や学生の信頼も、すべてを諦めたということだ。そこまでして、聡美の居場所を守ってくれている。
 専門にしている文化人類学というのが、どんな学問なのかまでは詳しくわからないけれど、かつては習慣にしていた休日のフィールドワークすら、今は家事や聡美の相手をするためにやめてしまっていた。
 ただ、一度トラウマのスイッチが入ってしまうと……。
 とりとめもなく思考を巡らせて、その先を聡美は放棄した。不吉な想像をして、もし今夜も現実になったらどうするというのか。
 自室に戻ると、蛍光灯のスイッチを入れる。
 チカチカと点灯した白い光が、つつましい四畳半を照らし出す。
 強引に押し込んだベッドに、勉強机がわりのパイプデスクがひとつ。縦長のスリムな本棚には、教科書や参考書のほかに、いつの間にか集まった文庫や文芸誌が並んでいる。友達と話を合わせる必要のない聡美は、漫画の類はほとんど読まない。
 およそ中学生らしくない部屋だが、ここは聡美にとって最後の安全地帯だった。この殺風景な空間に身を置くだけで、全身の緊張が緩んでゆく。
 鞄を下ろし部屋着に着替えると、どっと疲れが出てベッドに倒れ込んだ。ゴロゴロした違和感はしつこく下腹部にまとわりついたが、ナプキンをする余裕もない。もうなにも考えるのが嫌になって、天井のクロスに目を泳がせる。
 やがて聡美は、うつらうつら眠りに落ちた。
 うたた寝の浅い夢の中で、聡美は小学三年生の子供に還っていた。
「ふぅん、包帯巻きの怪人ねぇ」
 興味深げに言ったのは、壊れてしまう前の父だった。ちょっと不満げに唇を尖らせる聡美の隣には、おなじく幼女のカヨちゃんがいて、期待に目を輝かせている。これは〝例の都市伝説〟のことを話したあの日の記憶だ。
「見た目は別として、話のディテールは通り物に似てるな」
 読んでいた本から顔を上げ、父は目を細める。パラパラとめくって示したぶ厚い文庫本の一ページには、異様に長い杖を斜に構える襦袢姿の老爺と、乱れた着物の日本髪を結った女の人が浮世絵タッチで描かれていた。たしかこの本は父のコレクションで、妖怪研究で有名な漫画家が描いた妖怪図鑑だ。
「とおり、もの……?」
「妖怪の名前さ。そういう民話や怪談を集めるのも、研究の一環だって言ったろ? 斬られた人は、ってクダリは派生形と思えなくもない」
 けれど得意顔で語り始める父の記憶は、どういうわけかノイズ混じりで再生される。妖怪と怪人……同様に……起源が……人間の脆さ……肩代わり……それに、痩せぎすで包帯巻きの……これは父の描いた……絵……ざらついた映像が復活すると、ともかく――と本を閉じ、父が聡美たちに向き直る。
「聡美はそれが気に入らないわけだ」
「だって、あんまり馬鹿馬鹿しかったから」
 ぷっと頬を膨らませた聡美が微笑ましかったのか、父は笑いながらつづける。
「まあ、わかるけど。この町の歴史は、教えたことがあったね?」
「……うん」
「じゃあ、そこにヒントがあるかもしれない」
 大学講師らしい小気味のいいテンポで、父の解説は進んだ。
 昔、とても大きな戦争があったこと。世界中を巻き込んだその戦争のお陰で、日本中が異常な活気と狂気につつまれたこと。
 戦争が泥沼の状態になったころ、この一帯にはたくさんの工場ができたそうだ。軍用トラックや戦闘機の部品を量産する無数の工場には、全国から労働力として人が集まってきたという。労働力や資材の運搬のため、線路が引き込まれ駅ができる。工員とその家族の居住区ができ、寮棟がつぎつぎと建設される。
 もともと荒れ野や田畑ばかりだったこの土地は、そうして市になった。
「といっても、点在してるいくつもの村を、無理やり合併させたんだけどね。そういうことが、当時の日本では普通に行われてた」
「それで、それでどうなったの!」
 無邪気に催促するのは、身を乗り出したカヨちゃんだ。聡美は微妙にずれてゆく会話に痺れをきらしたが、それを見透かしたように父が核心をつく。
「だから、都市伝説なんかも根強いんだな」
「……え?」
 いきなり結論を提示され、聡美は仰天した。一足飛びでいきなり結論に飛ばれると、人間はとたんに引き込まれるものだ。気がつくと聡美も、カヨちゃんとおなじように身を乗り出して話に耳を傾けていた。
「だってそうだろ? 住民が増えれば、より多くの物が必要になる。食べ物だって、着る物だって、それに娯楽施設だって」
「うん……」
「そうなると、お店ができて映画館ができて、病院なんかもできる。工場で働く人たちだけじゃなく、その人たちを相手に商売をする人が全国から集まってくるんだ。……ここまでは、言ってることがわかったかな?」
「……えっと、どうにか」
「よし。じゃあ、ここからが本題だ」
 満足そうに頷いて、父は自慢げに人差し指を立てた。話に興が乗ってくると、いつもやってみせる得意のポーズだった。
「いろんな土地から人が集まれば、自然といろんな文化も集まってくる。さて、聡美はどうしてだと思う?」
「……文化っていうのは、人の営みそのものだから」
「そう、よく覚えてたね。特に市の中心であるこの町はターミナルの役割も果たしてたから、生まれも育ちも違う人があふれ返って、ごった煮のような文化ができた」
「…………」
「やがて戦争が終わって工廠が解体されると、工場跡に企業や大学が入って、さらにその色合いが濃くなってゆく。工員の寮棟は公団に生まれ変わって、素性が異なるもの同士の情報共有……っていうと大げさかな? でもまぁ、そういう習慣が必須になった。そこで重要になってくる同期ツールが、噂話。どこそこで特売がとか、あそこの病院は腕がいいとか、そういう有用なものからデマや流言飛語にいたるまでね。人間の潜在的な恐怖や欲求を寓話化した、都市伝説もそのひとつだ。そんな歴史から、この町には〝噂が根づきやすい土壌〟というのがあって――」
 夢中になって話しつづける父に、「あぁ、またか……」と聡美は苦笑いした。
 身ぶり手ぶりをまじえ持論を展開する父は、いつの間にか当初の目的を忘れている。娘の疑問に答えるどころか、小学生にはとうてい理解できないような、小難しい言いまわしまで飛び出している始末だ。
 横目で盗み見ると、カヨちゃんもポカーンと口を開けていた。
 でも、これだっていつものこと。真面目で研究熱心な父は、頭もよくて面倒見はいいけれど、ちょっとマイペースなところがある。軽く肘でこづかれて隣をふり向くと、カヨちゃんも首を竦めていた。ふたりで顔を見合わせて、クスクス笑い合う。親友だったあのころの、人懐っこくてほがらかなカヨちゃんの笑顔。
 と――
「あなたの、そういう身勝手なところがもう限界なの!」
 そんな狂った母の声で、急に場面は暗転する。

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