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「小説」
伝怪

伝怪 06

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 半狂乱になった、見苦しい剥き出しの女……ああ、そうか。今度はあの時、母の不倫が発覚した、小学六年のころの記憶だ。
「そりゃ、たしかに最初は、そんな浮世ばなれしたところが素敵だと思った! 大学講師って肩書にだって、アカデミックな響きがあったわよ! なのに、実際はどう? 稼ぎは少ないし、出世だってしない! 研究研究なんて言って、休みになるたびフラフラどこかへいなくなる! 家だって、いつまでもこんな団地暮らしで――」
 父をなじり飛ばすその姿に、聡美は絶句した。
 取ってつけた不満。ありきたりなセリフ。言動のひとつひとつが自分本位すぎて、子供の聡美でも吐き気を覚えたほどだ。
「それでも、私は我慢したの! いつもニコニコ笑って、良妻賢母でいられるように一生懸命つくしたわ! それを、なに? たった一度の過ちが、そんなに許せない? 他の男の手垢がついたから? ほんのちょっと、穴の形が変わっただけじゃない!」
 髪をふり乱し、夢の中の母は叫びつづける。
「お願いだから、自分の妄想を押しつけるのはやめて! あなたが、家族に執着してるのは知ってる。世間に認められない焦りを、家庭って幻想で埋めようとしてることも気づいてる……けど、なんで私がつき合わなきゃいけないの? 女であることを無視されて、母を強要される苦痛が、あなたたちに理解できる?」
 そうわめいて迫ってきた母の口からは、腐った水槽の臭いがした。
 きっと腹の中に隠した本性が、そんな異臭を放つのだ……掴みどころのないまどろみの底で、薄ぼんやりと聡美は考える。
 誘惑に耐えられなかった、脆くて弱い母。
 それを全部なにかのせいにする、無責任で汚い母。
 どんなにつらくても、自分は母のようにはならない。自分は決して〝魔に刺されたりなんか〟はしない。そんなものは、ただの言い訳だ。自分を甘やかすことしかできない人間の、都合のいい世迷い事だ。でも……
 夢の奥のもっと深いところから、誰かがそっと訊ねてくる。
「……本当に?」
 カヨちゃん、これはカヨちゃんの声だ。
「あの女の血を引いてるクセに、よく言えるね」
「そ、それは……」
 冷やかに言い捨てるカヨちゃんに、全身の血が一気に引いた。だって、それこそ聡美の責任じゃない。不倫をしたのは聡美の母であって、聡美はなにもしていない。それにそれを言うなら、カヨちゃんこそあの父親の――
「ほら、もう人のせいにしてる」
「あ……」
 言葉を失う聡美の前に、憎しみを籠めたカヨちゃんの目が近づいてきた。
 キィキィと癇に障る金属音が、どこかから聞こえてくる。
「結局、さーちゃんの決意なんて、その程度だよ。エラそうなこと言っても、人に迷惑かけることしかできないんだ。あの女みたいに。……だったらもう、開き直っちゃえばいいじゃない。人間なんてみんな、被害妄想のカタマリなんだから」
 さあ、とカヨちゃんの手が伸びた。
 なぜかその手には、ボロボロの包帯が巻かれていた。
「だから、早く呼ぶの……あの名前を」
 嫌だ、それだけは絶対。聡美は懸命に耳を塞ぐ。その手のひらをすり抜ける声が、ギリギリと頭をしめつけてくる。
「どうせ、あの母親から産まれた子なんでしょ?」
「裏ではこっそり援助交際してるって、本当なのかしら?」
「やっぱり、血は争えないわよねぇ」
 嘘だ、そんなことしていない。もう限界だ、カヨちゃんの家みたいに引っ越そう? 新しい場所で、親子ふたりでやり直そう? けれどふり返った父の眸は、どこか遠いところに焦点を合わせたままだった。
「……なに言ってるんだ、聡美? もし、お父さんたちまでここからいなくなったら、帰ってくる時にお母さんが困るじゃないか」
 そうして父は、おろおろ泣き崩れた。
 母の名を呼びながら、駄々をこねる子供のように地べたを這いずりまわった。
「マサミ、マサミ……すまなかった、マサミ」
 聡美は耐えきれなくなり、ついに夢からも目をそらす。
 もがき、あがき、青い闇から現実の世界に浮上する。だがそこにも、やすらぎなど待っていなかった。もがいて掴んだのは、聡美に覆い被さっている父の髪。あがいて絡んだのは、聡美に割って入ろうとする父の足。目の前に、父の顔があった。
「ごめんな、〝マサミ〟」
 ――違う、それは母の名前だ。
 半覚醒の意識の中、聡美は息を飲む。しまった、父のスイッチが入っている。無駄だと知りながら、一応の抵抗を試みた。泣きじゃくる父は、お構いなしに聡美のスウェットをたくし上げる。すぐにブラはずらされ、胸があらわになった。まだ成長過程にあるその小ぶりな乳房に、父がむしゃぶりつく。
「マサミ……マサミ、マサミ」
 うわ言のようにくり返される名前に、自然と涙が滲んだ。
 いつどうやって、スイッチが入ったのかはわからない。もしかすると夕飯の声をかけにきた父の前で、聡美がなにか寝言を口走ったせいかもしれない。あるいは、やはり月経の血が放つ雌の臭いが……両腕で泣き顔を覆いながら考えるが、もう遅い。なんにせよ、今夜の父は〝あっち側〟に行ってしまった。
 あっち側の父は、聡美と母の区別がつかなくなる。
 その傾向が表面に現れたのは、聡美が中学に上がったばかりのころだった。
 今日のように不意の生理が訪れたその夜、聡美は汚したパジャマを洗うため風呂場へ向かった。すでに零時をまわっていて、家の中は静まり返っていた。
 寝ている父を起こさないよう、足音を忍ばせた。
 そんな闇の中に、パタリとなにかを捲る音がした。身を縮ませた聡美は、条件反射で音の元をたどった。厚紙同士が当たる、小さくて籠った音。聡美の部屋と隣接するリビングから、その音は聞こえていた。
「お、父さん……?」
 こわごわ声をかけてみたが、返事はなかった。
 代りにもう一度、パタリと音がした。
 意を決してリビングに足を進めると、床に座り込んだ父の背中が見えた。月明かりだけを頼りに、なにかを食い入るように見つめていた。
「……お父さん?」
 ふたたび声をかけても、反応はなかった。時間ごと止まったように微動だにしない父の背中に、聡美はそろそろと近づいた。肩越しに父の手元を覗き込むと、そこには床に広げた古いアルバムがあった。
 聡美の知らない、まだ年若い父と母が写真の中にいた。
 聡美はその時、自分が声を漏らしたかはもう覚えていない。覚えているのは、いきなり首だけで振り向いた父の口から出た言葉だけだ。
「どうした、マサミ。こんな時間に?」
 瞬間、心拍数が上がった。
 聡美を透かして母を見る父の目は、あきらかに正気をなくしていた。パニックになった聡美は自室に駆け戻り、朝まで布団を被って震えていた。投げ出してきた汚れたパジャマは、次の朝きちんと洗濯されていた。
 この儀式が始まったのは、それからすぐのことだった。
 はじめての時は、破瓜の痛みとショックでなにもできなかった。次の時は抗ったが、頭脳労働とはいえ父も男だ。女の、しかも子供の力で、止められるわけもなかった。回数が重なるたび、少しずつ行為はスムーズになった。性器が傷つくのを避けるため、身体が勝手に反応するということを、聡美はあとになって知った。
 これで、何度目になるだろう……。
 組み敷かれ全身をまさぐられるうち、聡美は諦めて抵抗をやめる。母の名前を呼びつづけながら、父は聡美のスウェットを剥ぎ取ってゆく。胸から腹、腹から下へと這ってゆく舌の感触に、身をこわばらせて耐えた。
 ほら、大丈夫。こうしていればあっという間だ。
 目をつむって、じっと我慢すればきっと。
 この前も、その前も、そうやってずっと凌いできた。不安に押しつぶされて決壊した父を、聡美は受け入れると決めたはずだ。だって、父は最後の家族だから。聡美の存在を許してくれる、唯一の人間だから。
 明日の朝になれば、いつもの父に戻ってくれる。それを信じて、侵入してくる父の熱を堪えた。内側を掻きまわされる執拗な痛みに、意識がまた遠のいてゆく。ベッドが軋む音に混じって、耳障りな金属音が響いてきた。錆びついた自転車のペダルを漕ぐような、強引で脅迫的な音だ。キィキィ、ぎぃぎぃ、キィキィ、ぎぎぎ……落ちて行った、今度は深い眠りの奈落で、輪光をまとって白刃が閃いた。

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