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「小説」
伝怪

伝怪 11

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 著者が漫画家だけあって、本は絵図……というより、イラストつきで妖怪や都市伝説について解説した、とてもわかりやすい内容だった。
 入門書の位置にあたるのか、知識の薄い聡美にもどうにか理解できた。
 メインになるのは、やはりイラストつきの妖怪や怪人の解説だったが、まずはじめにおおまかな〝妖怪〟の説明があり、つづいてその役割が記してある。まだ科学という灯りが世界を照らしていなかったころ、その代りに〝万物の説明〟をつけるために生まれたのが妖怪だと書かれている。
 たとえば砂地でもない森の中で、風もないのに砂が目に入った時。
 それが誰かひとりの体験なら、さした問題にもならないだろう。科学がなかった時代でも、「まあ、不思議なことがあるものだ」で済まされるに違いない。けれど同一の時間、同一の場所、同一のシチュエーションでそれが何度もくり返されると、ほんの少し状況が変わってくる。現代でも〝理解不能な現象〟が身近につづいた場合は、それがどんな些細なことでも人は不安に思うはずだ。
 なにかよくないことの、前兆ではないのか?
 自分たちは、このままここにいて本当に大丈夫なのか?
 そんな時、人は必ず情報を同期して〝現象に形を与えよう〟とする。今の時代ならネットで。一昔前ならテレビやラジオで。集団ヒステリー、プラズマ、ブロッケン現象……とにかく集められるだけの情報を統合して、当面の安心を得ようと奔走するはずだ。
 理解できない、ということは。それだけで不安だ。
 ないはずの砂が目に入った。その程度の日常の違和感でも、積もり積もれば得体のしれない不安に変わる。
 現代ならそれも、気流やなにかの関係で樹の上に砂が堆積し――とか説明もつくはずだろうけど、あいにくとそんな常識がない時代なら? 募った不安は恐怖になり、恐怖は錯覚や幻覚を産む。それは聡美も、我がこととして知っている。
 ましてその時代、暗がりは真の闇だ。
 現代人ですら闇の中には、ありもしない気配を感じたりする。当時の人たちの身の上で考えれば、なおさらそれは大きいだろう。なにしろこの国の歴史を紐解くと、〝姥捨て〟や〝間引き〟は、どこにでもあった普通の慣習だ。
 でも普通だからといって、それをして平然といられたわけはない。
 闇はそんな負い目の影を、こころの奥底から引きずり出す。
 その中で、砂を目に食らったある人が、森の闇に〝山に捨てた己の老母〟の気配を感じ取ったとする。ぞっとして冷や汗をかいたその人は、逃げ帰って、寝ずに待っていた女房に夢中でその話を聞かせるだろう。
「あれはおっ母だ。きっと俺を恨んで、化けて出たに違ぇねぇ」
 もしかするとその話は、宵っ張りの子供たちも聞いていたかもしれない。娯楽の少なかった時代だ、次の日の井戸端や遊び場は、その話で持ちきりになったかも。そして父の言葉ではないが、かつてコミュニティの情報同期の手段は〝噂話〟だった。
 中にはひとりくらい、「そういやうちの亭主も……」と言い出したかもしれない。
 そうなると、「うちもうちも」と連鎖が始まる。
 そうやって噂が伝播するうち、情報から〝どこの誰べえの母親〟は消えて〝老婆〟という単語だけが残ってゆく。
 気配を感じたのがひとりであれば、〝母親の幽霊〟なのだろうが――それが複数人ともなれば、もう砂をかけるのは〝得体のしれない老婆〟だからだ。やがてそれが浸透してゆくと、現象には『砂かけ婆』という名前がつけられる。
 まずそれが妖怪誕生の第一歩目だと、その本には書いてあった。
 恐らく著者の独断もおおいに混じっているだろうが、人間心理や緊急回避などとややこしいことを並べて煙に巻かれるより、聡美はよほど素直に納得することができた。
(つまり、姿形を与えて不安を遠ざける?)
 そこで一旦顔を上げ、聡美は窓の外の景色に視線を投げる。
 昼間なら公園の広場を見下ろせる二階の窓も、今は鏡のように反射して、意識をしなければ映り込む聡美の姿の方に目がゆく。
 ガラスの向こうの闇と館内の照明が、そう作用している。見えなければ希薄になってしまう自分への意識も、この状態だとよく感じ取れる。顔色はどう? 髪の乱れは? 具体的に形がわかることで、対処法も方針も見えてくる。
 それで復調することも髪が整うこともないが、見えることでなぜが安心する。
(そういう、ことなのか……)
 たぶん厳密には違うのだろうが、聡美は勝手にそう解釈した。現象に形と名前を与えて目途をつけることで、〝わからないもの〟を〝実態のあるもの〟へと変換する。実態さえあれば、得体がしれなくても対処も予防もできる。たとえば聡美は、小さいころ宇宙や時間のことがわからなくて漠然と畏怖を感じていた。
 宇宙はどこまでつづいているのか?
 その外側があるのなら、外側とはどこまでつづくのか?
 そもそも、宇宙ってなに?
 アリの巣だのトンネルだのといわれても、さっぱり理解が及ばなかった。時間と空間がといわれても、その時間とはなんなのか?
 今日の前に昨日があって、昨日の前に一昨日がある。そうやって遡って、どこから時間が始まっているのか? 考えると意味もなく不安になって、夜も眠れなくなったことだってある。けれど誰も、聡美が納得できる形で答えを出してはくれなかった。
 思い切って父に訊ねると、盛大に笑われた。
「科学ってのは、そういうはっきりしないものに〝概念〟っていう輪郭をつけるただの定規だ。はっきりしないのに、そこにあったらモヤモヤするだろう? だから、とりあえずの形と名前をつけて安心する。宇宙も時間も、本当にあるのかは誰も知らない。知らないから、〝そういうものだ〟で納得するのが一番だ。まあ、難しく考えるな」
 そう言われて、長年の異物感がぱっと解消された。
 あやふやなりに実態が見えたことで、不思議な安堵感を得たのを覚えている。聡美が畏れたのは〝わからないこと〟自体で、宇宙や時間ではなかったのだ。その証拠に、今ではどちらも怖いとは思わない。
 そう考えてみれば、科学もオカルトもたいした違いはないのかもしれない。「科学には実証と結果が――」と聞いたこともあるが、それだって〝科学からの目線〟で構築された理屈によるものだ。オカルトにはオカルトの理屈だって、あるにはあるだろう。第一その科学だって、身近なことも明らかにはできていない。
 脳の仕組みも八割は解明されていないというし、病気にしたって対処法がわかっていても原因が不明なものはたくさんある。それでもみんな科学を信じ、説明を受ければ安心する。昔はそれが信仰であり宗教であり、別の根拠で動いていただけ。
(……妖怪も、その一部)
 アニメやゲームの影響で、聡美は妖怪をキャラクターのように思っていた。
 実際、江戸時代から先はそうなったと、本には書いてあった。元来『妖怪』とは、文字通り〝妖しく怪奇な現象〟をさす言葉で、いわゆる〝お化け〟限定ではないらしい。擬人化をともなわない、不可思議な現象……今でいうと異次元や超能力といったものも、そこには含まれるそうだ。ともあれオカルトが、人間が生きる上での安全装置だったことはわかった。知ってみると、意外と興味深いものだった。
 そして解説は、〝都市伝説〟へと進む。
 いよいよだ。そう思って、もう一度唾を飲み込む。その瞬間、
「ははぁ、これはまた――」
 唐突に声がして、聡美はビクリと顔を上げた。反射的に目を凝らした窓ガラスには、馬鹿みたいに呆けた自分と、微笑みながら立つ老人の姿が映っていた。……いつの間にうしろに? 慄きながら体ごとふり向くと、はずみで横滑りした椅子の足がギギッと不快な音を立てる。離れた閲覧机の方から、また女子大生風の咳払いが聞こえた。
 老人は、困った顔で閲覧席を見やると、
「すみません、ご迷惑をかけてしまったようで」
 そう言って、見事に禿げ上がった頭をぽりぽりと掻いた。とっくりのセーターの上にねずみ色のスーツを着た、人のよさそうなお爺さんだ。
 着ているものはどちらも着古して多少よれていたが、どこか品のいい感じがした。右手には生成りのコートをかけていて、左手にはステッキ――というか、木目調の節だった杖をついている。それが妙に印象的だった。
(誰だろう……)
 顔見知りかもとも思ったが、やはり見覚えはない。そもそも話しかけてくるような知り合いは、今の聡美にいるはずもない。
 困惑した聡美は、おずおずと老人の問いに問いで返す。
「いえ……あの、なにか?」
「ああ、重ねてこれはどうも……いきなりこんな爺ぃに話しかけられたら、そりゃお嬢さんもびっくりしてしまいますなぁ」
 言いながらもわるびれた様子はなく、「私はただね」と、老人は聡美の手元の本を指さした。一連の所作があまりにも自然で、ついついペースに巻き込まれた。
「その図鑑、お嬢さんみたいな今時の子が読むのは珍しい……というか嬉しくてねぇ。いやいや、その歳で妖怪に興味を持ってくれるとは。これもテレビのお陰なんですかな。私も愛読書なんですよ、それ。もう少し上級者になったら、柳田國男や井上円了なんかも読んでみるといい。将来有望だ」
 聡美は、はぁ、と答えるしかなかった。
 それは構わないが、いきなり言われてもリアクションに困る。
 老人もそれで空気を察したのか、あぁこれは、とくり返すと頭を下げた。聡美もつられて、小さく目礼をする。それにしても、どこにいたんだろう? さっきまで、お爺さんなんて見かけなかったのに。本棚の陰にでも隠れて、見えなかったのだろうか? それとも気づかないうち、閲覧室に移動してきていたのか?
 そんなことを考えながら見上げていると、老人は「じゃあ、ごゆっくり」とにこやかに微笑んだ。聡美もなにか返そうと口をパクパクさせたが、老人はいやいやと手をふって踵を返した。ところが、その去り際に、
「おや……」
 肩越しにふり向いた老人の目が、ふたたび図鑑の上で止まる。ほんのちょっと嬉しそうに眉を上げると、ぽつりと言った。
「お嬢さんが知りたかったのは、〝伝怪〟の方ですか」
「……えっ?」
 聡美は思わず聞き返した。老人の表情も気にはなったが、それより耳慣れない単語を聞いたからだ。伝怪……語呂や老人の目が追った先からみて、都市伝説のことだろう。聡美の手元の図鑑は、都市伝説についてのページが開きっぱなしになっている。
「あの、伝怪って――」
 呼び止めるともなく声をかけると、それが口癖なのか「あぁ」と呟いて、老人は照れくさそうに聡美に向き直った。
「どうも、度々失礼を。伝怪ってのは、私が勝手につけた呼び名でして。お察しの通り都市伝説の怪人のことです。伝説の〝伝〟に、怪人の〝怪〟。仕事がらこの手のものを扱うことが多かったもので、妖怪と区別するためにちょっと。はい」
 仕事といっても、昔のことですが――
 そう付け足して、老人はまたぽりぽりと頭を掻いた。
 ということは、学者か学芸員……それとも大学関係の? 自分の身近な環境で考えたせいか、聡美が連想したのはそういう職業だった。訊ねると老人は悩ましげに首を傾げ、「まあ、そんなところですかな」とだけ答えた。
「それはそれとして。お嬢さんが調べているのは、その伝怪の方では?」
「そう、なんですが……」
 聡美は、どう説明していいかわからず口籠った。
 いきおいで聞き返してしまったものの、まさか〝幻覚の怪人〟への対処法を調べていたとは口が裂けても言えない。けれど老人は、この図鑑を愛読書と言っていた。さっきまでの口ぶりからしても、どうやら妖怪が専門らしい。ということなら、もしかして。
 思いきって、相談してみようか? そんな考えが聡美の頭をよぎる。でも初対面の人にこんなトンデモ話、いくらなんでも非常識だろうか。
 さんざん思案して、やっと出た質問は、
「その、お爺さんは詳しいんですか? 都市伝説……伝怪にも」
 という、ぼんやりしたものだった。

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