スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←伝怪 11 →伝怪 13
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


総もくじ  3kaku_s_L.png 小説
総もくじ  3kaku_s_L.png SS
もくじ  3kaku_s_L.png 短歌・狂歌
もくじ  3kaku_s_L.png 
もくじ  3kaku_s_L.png 雑記
もくじ  3kaku_s_L.png 御挨拶
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【伝怪 11】へ
  • 【伝怪 13】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

「小説」
伝怪

伝怪 12

 ←伝怪 11 →伝怪 13
 それでも根気よく聡美の発言を待っていた老人は、ははっ、と愉快そうに笑い、コツリと杖を鳴らして一歩分だけ聡美に近づいた。
「そこまでとは言いませんが、詳しいですよ。たぶん」
「……じゃあ」
 詰まりかけた喉から無理やり押し出し、わらにも縋る思いで訊ねてみる。
 どうしても口にできなかった、あの名前を。
「知ってますか? 怪人トンカラトン、って……」
 その時、一瞬だけ老人がニタリと笑ったように見えたのは、気のせいだろうか? 間を置かず「ああ、ああ」と相槌を打った老人は、大きく二度三度頷きながら、あっけらかんとした口調でこう言った。
「知ってますよ。トン、トン、トンカラトン……って、やつでしょう? そうですか、またマイナーな伝怪を。その図鑑にも、載ってなかったのでは」
「……えっと、はい」
 再確認こそしていなかったが、聡美はすぐに頷いた。
 老人ほどでないかもしれないけれど、父もこの図鑑は熟読しているはず。その父が知らなかったのだから、当然ここには〝トンカラトン〟の項目はないのだろう。もとから承知の上だったが、つい老人の口調がおかしくて、聡美の口から本当にひさしぶりにくすりと笑いが漏れた。この老人と話していると、なぜだか気分が晴れる。父のことも幻覚のことも気にならなくなってくる。もう少しだけ老人と話したくなった聡美は、それで決心して図鑑をカウンターに置く。
 今度はしっかり老人に向き直ると、軽く深呼吸してからきり出した。
「よかったら、教えてもらえませんか。その伝怪のこと」
 老人の頬が、嬉しそうに緩んだ。
「ええ、構いませんよ。お嬢さんは、どこまでご存知です?」
 快い老人の返答に、聡美は小さく息をついた。さっそく椅子を薦めると、老人はまぁまぁとそれを辞した。少し戸惑ったが、老人がそれでいいのなら仕方がない。対面で老人を見上げる形で、聡美はぽつぽつと話を始めた。
 わずらわしいことを嫌う自分が、なぜそんな気になったかは聡美にもわからない。
 ただ今は、そうしなければならない気もしていた。
 老人の人柄がそうさせたのかもしれないし、本当は聡美が〝まともな人間との会話〟に飢えていたのかもしれない。
 なんにせよ二年半――自分を殺してきた鬱憤を晴らすように、聡美は夢中になって馬鹿馬鹿しい伝怪の話をした。途中で女子大生風の咳払いが何度か聞こえたが、そんなものもどうでもよかった。気がつくとなにかに憑りつかれたように、聡美はひと通りの知識を老人に披露していた。
 まず、トンカラトンは全身に包帯を巻いている。
 日本刀を持って、突然現れる。
 トン、トン、トンカラトン……と歌いながら自転車でやってくる。
 出会うといきなり、「トンカラトンと言え」と言ってくる。
 注文通り「トンカラトン」と言えば、なにもしないでそのまま去ってゆく。
 言わないと、持っている日本刀で斬りつけられる。
 要求される前に、「トンカラトン」と呼んでも斬りつけられる。
 斬られると、自分も「トンカラトン」になってしまう。
 そして、左手に包帯を巻いておくと……
 そこまで一気に捲し立てて、聡美は大きく息を吸った。知らぬ間に、身ぶり手ぶりまでつけて喋っていた。そのくらい、老人と話をするのは楽しかった。自分がまだこんなに饒舌に話せるのかと、少し驚きもした。だから、
「なるほど、それで――」
 そう呟いた老人に左手を指さされた時、心底どきりとした。
 いきなり冷水を浴びせられた気がして、聡美は慌ててその左手を背に隠す。
「ち、違うんです。これは、その……」
 隠した左手には、解けかけた包帯がそのまま巻かれていた。
 言われてみればたしかに、これは伝怪除けのおまじないだ。だから歩道橋で、あいつはこの左手を見て……だけど実際は違う。これは聡美と父の爛れた関係の証。それを老人に見透かされた気がして、聡美は目を伏せた。
 老人はただ、うんうんと頷いて、ことさら陽気に話をもとに戻した。
「まあ、それは冗談として。だいたいそんなもんです。もともと民話や伝承。正式な、というと語弊がありますが……まだそういう形で残されていない伝怪は、あやふやなものが多い。中でもこのトンカラトンってやつは、特に情報が少ない」
「……そうなん、ですか?」
「ええ、ええ、そうなんですよ」
 あたり障りない対応で様子を窺うと、老人は何事もなかったように小首を傾げる。聡美の適当な相槌にも、満面の笑みで答えてくれた。その反応で、聡美は胸を撫で下ろす。萎みかけた気持ちが、また息を吹き返した。勘づいているのかいないのか、老人は無用な詮索をするつもりはないらしい。
 そのこころ遣いが、また嬉しかった。
 聡美はますます、この老人との会話に引き込まれていった。
「補足するとすれば、〝助けてやるとお礼に包帯をくれる〟だの〝おまじないの包帯はそれじゃなきゃいけない〟だの……そうそう、〝たまに集団で現れる〟なんて尾ヒレもありましたが、概ねお嬢さんのお話が全部ですよ」
「はぁ……」
「ふむ。その反応からすると、がっかりさせてしまいましたかな? でもね。伝怪が面白いのは、そこからまた〝新しい噂話〟が産まれるところです。たとえば……ええっと、トイレの花子さんはわかりますか?」
「はい、それは有名ですから」
「よかった。その花子さんですが、これは伝怪としてはかなり古いものになります。雛形になった〝三番目の花子さん〟が一九五〇年ごろの出自ですから、伝怪の元祖とされている赤マントとも同級生だ。話自体は――」
「それも知ってます。〝トイレの三番目のドアを〟ってやつ」
「それです、それです。なら端折るとして――ところがこれ。全国に広まると、いろんなパターンができると共に、『もとになった事件』なんて噂まで出まわってくる。まあ実際にそれらしき事件もあるにはあるんですが……不気味なもんで、伝播するうち『もとになった事件』自体のバリエーションが増えていくんですな。中には〝伝怪の設定そのままの事件〟なんてものまで出てくる。花子さんのもとになった、女の子の亡くなり方。亡くなられた舞台と状況。女の子の名前が違うってこと以外、どれを取ってもそっくりだ。私も気になりなしてねぇ。ほうぼう歩いて、調べてみた」
「じゃあ、伝怪もやっぱり妖怪みたいに……」
 思わず聡美が身を乗り出すと、さて、と声をひそめながら老人も身を屈めた。
 落語かなにかでも聴いているような、小気味のいいテンポ。巧み、というか。老人の話し方は、聡美のツボをついて飽きさせなかった。本筋から外れるようで、核心をついているようでもある。まるで、昔の父と話してるような……。
 そんな錯覚も手伝い、長々と溜める老人に痺れをきらして声をかける。
「それで、その事件は……」
 すると老人は、ぴしゃりと額を叩いて言った。
「デマでした!」
 タイミングも絶妙だったが、くしゃりと破顔した老人につられて、聡美はクスクスと笑っていた。老人は満足そうに頷くと、「そうそう、女の子は笑顔じゃないと」と言って杖を鳴らした。その音がなにかの合図のように、聡美のこころに沁み込んできた。
 本当に清々しかった。こんなに楽しい時間は、どれくらいぶりだろう? こころの底から思いながら、聡美はしばらく笑いつづけた。
 聡美が笑い終わるのを待って、老人は先をつづける。
「さんざん苦労して事件の詳細な地域を絞り込んでみれば、そんな事件の記録は警察にもない。どころか、その町内にそんな番地すらなかった。まったくの無駄足ですな。と、そうやって〝伝怪に真実味を出す〟ために、新たな設定として〝次の伝怪〟が産み落とされる。これはすでに完成された妖怪では、なかなか味わえない醍醐味です。民間伝承から神話性が失われた、都市伝説ならではのものでしょう」
「へえ……」
「まあ、その辺はその図鑑にも書いてあります」
 あとでじっくり読むといい。そうつけ足して、老人は悪戯小僧のように笑った。抑えめな照明の加減か、瞬間、老人の顔が暗く陰ったようにも見えた。
 それから老人は、ただし――と人差し指を立てる。
 はい、と背筋を伸ばし、聡美も聞く態勢を改めた。打って変わった老人の口調は、いよいよここから本題だよ? そう言っているようだった。緩急をつけられたことで、聡美はすっかり老人の調子に乗せられていた。
 コツコツと杖を二度鳴らして、老人の講義が再開した。
「それでも伝怪には、妖怪と変わらない側面もあると思うんですよ」
「……それは?」
「うぅん、上手く言葉にできませんが、救済のための役割。とでも言いましょうか? たしかに神話性は失われた……ただ失われたからこそ、妖怪より浮き彫りになった、人間の本性に関わるもの。たとえばそう、妖怪は畏怖や教訓の具象化だった。そこから解放されたからこその、剥き出しになった欲求の受け皿とでもいいますか……そんな役目が、伝怪にはあると思うんです」
 そうですなぁ、と言って老人はぽりぽりと額を掻く。
 しばらくそのまま考える間があって、今度は聡美もおとなしく待った。これはさっきのような溜めではないだろう。きっと。
 待っているとポンと額を打ち、老人はカウンターの図鑑をさす。
 返ってきたのは、予想外の答えだった。
「そうだ、お嬢さん。それの〝通り物〟の解説を開いてみてください。たぶん、五百ページ辺りに載っていたはずだ」
「……え?」
 初めは聞き間違いかと、聡美は自分の耳を疑った。ざわ、と首筋を撫でてゆくものがあった。「とおり、もの……?」そう老人に聞き直してみると、「そうです、通り物」と老人はこともなげに答えた。
「でも、それって妖怪の名前なんじゃ……」
「ほほぉ、通り物も知っている。これは、本当に将来有望だ」
「いえ、そういうことじゃなくて」
「まあまあ。変だと思われるでしょうが、説明はちゃんとしますから」
 その方が早いですし、と老人は促すが、聡美は躊躇せずにはいられなかった。
 通り物……これは、記憶に刻まれた呪いの一部だ。
 父に彫り込まれた、禍の文言だ。
 ついつい鈍る手に、老人の表情が訝しげに曇る。「どうしました?」と尋ねられ、聡美は返答に困って「ああ、いえ……」としか答えられなかった。もし今、このページを開いたら? それで、よくないものが開放されてしまったら?
 だとしても、もう向き合うしかないだろう。
 それに今なら、この老人もついている。
 ここまできたのならと覚悟を決め、聡美は老人に背を向けカウンターに向き直る。静かに深呼吸をして、ゆっくりと指定されたページの付近を探してみる。
 老人の言う通り、目的の解説は図鑑の真ん中辺りにあった。
 乱れた和服の女性と、杖をついた不気味な老爺のイラスト……白髪の老爺は、柄のない薄汚れた着物を羽織っている。遠い記憶のまま切り出された、得体のしれない浮世絵風の図。聡美は息を殺して、じっとそれに目を凝らす。
「まずは、読んでみてください」
「……はい」
 老人に勧められるまま、聡美は解説を読み進めていった。
 内容を掻い摘むと、次のようなものだった。
 時代は江戸。ある女房は、ぼんやりと借家の庭を眺めて亭主の帰りを待っていた。
 すると夕暮れ、いつの間にか庭先に、白髪の老爺が立っている。ニヤニヤ笑いながら長い杖に縋る、気味のわるい老爺だった。しかも季節は秋だというのに、着ているのは薄汚れた長襦袢一枚だ。顔も土気色で、とてもこの世のものとは思えない。
 女房が身構えると、つっと老爺が近づいてくる。
 とっさに女房は両眼を閉じ、うろ覚えのお経を唱えた。
 心を静めてお経を唱えつづけ、そっと目を開いてみると、すでにそこには老爺の姿はない。女房は、ほぅっとため息を落とす。
 ところが間もなく、数軒先の屋敷で騒ぎが起きた。聞けばその家の細君が、狂って刃傷沙汰に及んだそうだ。ぞっとした女房は、先刻の老爺の姿を思い出す。あれはきっと、よくないものだ。人に憑りつき狂わせる、通りすがりの魔物だ。
 ――通り物。通り悪魔。
 一説には、縋っているのは杖ではなく槍だともいう。こころの弱いものは、その槍で突かれるのだ。魔に刺されてしまうのだ。現代でいう『通り魔』の由来も、ここにあるのかもしれない。そう、解説は結ばれていた。
「……読み終わりましたか?」
 また絶妙のタイミングで、老人が聞いてくる。
 小さく頷き、聡美は図鑑を閉じた。
 目をつむり、今読んだ内容を反芻する。夕暮れ。魔物。魔に刺される……なにかが聡美の頭の中で、ぎしぎしと音を立てて繋がり始めた。また現実と妄想の境目が、曖昧になってゆく。それともさっきから、ずっと夢でも見ているのだろうか? ざらついたテレビ画面のような、ノイズだらけの映像。じょじょに焦点が定まると、唇を尖らせる小学三年の聡美の話を、父は興味深そうに聞いている。
「うぅん、こんな感じかな……?」
 聡美が差し出した色鉛筆を取って、父はすらすらと雑な絵を描き出した。
 包帯を全身に巻いた、気味わるい怪人の絵だ。
(……これはあの幻覚の)
 上手いのか下手なのか、勝手なアレンジを加えた父の想像図は、微妙にねじくれて歪んでしまっている。それが逆に、生理的な嫌悪を掻き立てた。聡美とカヨちゃんが学校で聞いたより、何倍も何十倍も……。
 すると今度は、耳の奥で母の声がした。
「ごめんなさい、魔が刺しただけなの」
 不貞が発覚した時の、呆れかえる言いぐさ。その虫唾がはしる言い訳を、小六の聡美は首をふって拒絶した。弱い母はいつも誰かのせいにする。魔物のせいにして、父のせいにして、最後は聡美のせいにする。わたしは絶対、そんな風になるもんか。魔に刺されたりするもんか。叫んだのか呟いたのか、自分でもよくわからない。けれどその答えを待っていたように、どこかでコツコツと杖が鳴る。そして、
「どうです? 通り物……似ているでしょう、例の伝怪に」
 過去の父の言葉に、老人の声が重なった。

関連記事
スポンサーサイト


総もくじ 3kaku_s_L.png 小説
総もくじ 3kaku_s_L.png SS
総もくじ  3kaku_s_L.png 小説
総もくじ  3kaku_s_L.png SS
もくじ  3kaku_s_L.png 短歌・狂歌
もくじ  3kaku_s_L.png 
もくじ  3kaku_s_L.png 雑記
もくじ  3kaku_s_L.png 御挨拶
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
  • 【伝怪 11】へ
  • 【伝怪 13】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit
  • 【伝怪 11】へ
  • 【伝怪 13】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。